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じぶんを知っていた人たち2

真理(生命の根源)と同一化された状態でありながら、

この社会(現象界)における 人間としての営みの中に身を置き、

世間的な責務を しっかりと果たしながらも

世間に感化され 染まることなく、

常に真理(すべては同じ源からうまれている 本質的に一体という認識)

の手足として、

自己の役割を演じてゆく


・・・・・・


一方で
社会的な営みからは離れ 人前にもほとんど姿を現さず ひっそりと
目立たず過ごすことを 自己の役割として受け入れる人たちも います。
いわゆる・・・・仙人みたいな、感じかな。


この現象界の仕組みへの理解が深まり、
時間や空間の観念からも開放されると、
時間や空間 物質にはもはや囚われない、
それらを超えた活動も可能とし、できるようになります。

もう少し述べると、

時間や空間の観念への理解が深まり 

一定レベルを超え 

完全に脱却すると、

過去生や前世といったものの効力も 

働かなく(無力) なります。 



。。。これは どう書けばいいのかな。。。

・・・過去・・

・・過去生・・・

・・前世・・・

・・・・・とか以前に、

時間の観念を超越し、

・・『過去』は 存在しない

・・という 領域レベルに 意識が到達し 達観してしまってる・・・

わけなので・・・

・・・そもそも 活動ないものからの・・・

・・・影響の 受けようも無い・・・

・・・というのか・・・(上手く表現できましぇん・・○| ̄|_)




・・・・なんだか 怪しい物言いですが・・・(。-_-。)。




こうした状態でもある彼ら 彼女らは
もはや地球のどこに居ようと なにをしていようと なににも縛られず
自由に移動でき、

この現象界も 霊の世界の一部であることを理解している彼ら 彼女らは
必要なものは 空気中にあるプラーナ(生命の源)
赤血球5
↑ まんまるに見えるプラーナはこんな感じ
を利用し物質化させ 活動をします。



・・・・とてつもなく 怪しい物言いですが・・・(((;◔ᴗ◔;)))。



けれど これは決してオカルトチックな話ではなく、
科学的なもの、
もしくは科学的なものとして 
取り扱われるべきものと、私は思っています。


プラーナとは もはや視覚で捉えることも可能な時代であり、

そこには すべての創造の情報があり 叡智があり、

これを正しく 取り込めるようになると、

自ずと  ごく自然に

あらゆる創造の情報と 叡智に

触れることが できます。

ただし 

この とてつもない 圧倒的なパワーと 叡智を 取り込むには、

受容する側の 条件・・、 状態が 必要と なります。

その条件に関しては、

マニュアル化して 言えるようなものではなく、

口頭や 文字での表現に 限界と危険があるので、

ここでは、これ以上の内容は 省略しますが。



ただこうしたことは 遠い昔から

一部では 熟知されていたものだったと

受け取れる痕跡は あちらこちらに あります。


曼荼羅という図にしても、

ヨガや気功 にしても。





生命エネルギーは

すべての基本原子であり、

波動であり、

全生命の根源です。



これを自由自在に集結させ、
卵子と精子の関係のように 意思(想念)を吹き込むことで 
物質化が起こります。

これはなにも特別なことではなく、
私たちの日常の現象、社会現象にも 現れていることです。

ただその多くが無意識に行われていて、気づいていないだけです。


物質的な視点では、
・・思うだけ、
・・考えただけ、
・・感じただけ、
では 相手に伝わらないものですが、

霊的視点では、
・・思ったこと
・・感じたこと
・・考えたこと
も 立派な生命活動なので 

卵子と精子の受精じゃないですが、
空中に無限に漂う 無のプラーナ意思(想念) が受精され、
それがある一定の域を超えると 現象化されるように なる

・・・と、私は感じてます(^-^)。


つまりは、
この世も あの世も 基本は同じ原理で できているということです。



この世は 物質世界

あの世は 霊(想念)の世界

という表現は 
間違ってはいないけれど、誤解も生みやすく、

それぞれの世界は 
異なるもので
 異なる場所に 
個別にあるもの

・・・かのような錯覚を与えますが。

この世と あの世は ふたつに区切られているものでもないし。

現象の基本構造・・・原理は 同じ。


これを正しく理解でき、
この世界も 霊の世界なのだという 認識ができると

重力の抵抗からも開放され、
意図的に
即座的に 
物質化も
ふたつの場所で 同時に出現するとか 

あらゆることが
可能とすることが できるという・・・


・・・・とんでもなく 怪しい物言いですが・・・(;´༎ຶٹ༎ຶ`)。



もっと身近には、
これは 私たちの肉体においても 同様のことがいえます。

とある感情 思考が製造され続け 
一定の域を超えると
 肉体という物質へ
物質化して現れるようになります。


おまけに
 物質的には
 この空間は
 ひとつの層の空間にみえますが、

実際には
 たくさんの層からなっており、
 ひとつの空間に
 それぞれの次元が 重なり合っていて
 それぞれのレベルでの 活動 が行われてます



私たちは当たり前のように 
 他者と 同じ空間にいると思いがちですが、

実際は
 視覚で捉えられる範囲内の 微妙さで
 ひとり ひとりの 存在している次元は
 異なっていて、

それが故に 
 捉え方のすれ違いや
 感じ方の個性 が生じ、

視覚には映る範囲の 微妙な異なり差ではあっても、
 その範囲内で大きく異なっていれば
  違和感を感じたり
 自然と離れる現象が起き、

微妙にことなってる範囲内でも
 近ければ、居心地がよく感じ、共通感も
 大きく感じます。

いわゆる 『波長の法則』 に値するものかな。 


存在している次元が
 微妙に ひとりひとり 異なっている。

だから 完璧に理解し合えなくても 
 それが ある意味自然であり、

だからこそ
 それぞれの存在している世界を尊重し、
 赦しあったり
 受け入れあったり 
・・・そんなことが 大切で、 
  心も 魂も 成長させているのでしょうね。



あぁ・・・(,,꒪꒫꒪,,)
結局 書きたいことが 書けたような 書けなかったような。。。
脱線ばかりの内容で 長くなってしまった。。。○| ̄|_



続きは 次回に ・*・:≡( ε:)

あ ちなみに
 
なにもない空間に 物質(香・移動・透視等含め)を生み出したから
すごい!・霊性が高い人
というのは 違います꒰・◡・๑꒱



今日も ありがと
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